建築家としての私がコンクリートの森を離れ、地球というキャンバスに描かれた最も美しい建築、すなわちゴルフコースを巡る旅を始めて十数年が経ちます。
数多のコースと対話してきましたが、これほどまでに雄弁に、そして少し意地悪く語りかけてくるコースはそう多くありません。
ここ、オリムピックナショナルゴルフクラブEASTコースは、まさにゴルファーへの問いで満ちた劇場なのです。
設計家ダイ・デザイン社の声に耳を澄ませば、フェアウェイのうねり一つ、バンカーの砂一粒までが、我々の知性と決断を試すためのメッセージであることに気づくでしょう。
さあ、スコアカードを一旦脇に置いてみませんか。
このコースが我々にどんな物語を語りかけてくれるのか、共に探求の旅に出ようではありませんか。
スコアはただの数字。記憶こそが、真のトロフィーです。
目次
設計家との対話の序章:ダイ・デザイン社が仕掛けた「美しき罠」
建築家が見る「オールド・スコティッシュ」の現代的解釈
このコースに足を踏み入れた瞬間、私が思い出したのは、キャリアの原点となったスコットランドの荒涼とした風景でした。
ダイ・デザイン社が手掛けたこのEASTコースには、ゴルフの原風景である「オールド・スコティッシュ」の魂が、現代的な筆致で見事に描き出されています。
建築家として見ると、それは単なる模倣ではありません。
自然の地形を支配するのではなく、元ある地形と対話し、その声に耳を傾けながら優美な曲線を重ねていく。
それは、私がかつてコンクリートの設計で目指しながらも、見失いかけていた理想の姿そのものでした。
マウンドやうねりは、まるで大地が呼吸しているかのよう。
それらは決してゴルファーを拒絶するためではなく、自然との調和の中でプレーすることの喜びと厳しさを教えるために、そこにあるのです。
なぜ、ここのフェアウェイはかくも大胆にうねるのか?
多くのゴルファーが、このコースのフェアウェイを「難しい」「平らな場所がない」と評します。
その気持ちは、痛いほどよく分かります。
私もかつては、平らなライから打つことばかりを考え、少しでも傾斜があれば設計家の意地悪を呪ったものです。
しかし、ある時ふと気づきました。
このうねりこそが、設計家からの最初の「問いかけ」なのだと。
「君は、いつも平坦な場所から打てるのが当然だと思っていないかね?」
そう、ダイ・デザイン社は私たちに問いかけているのです。
ゴルフとは、自然の中でプレーするスポーツである。
予測不能なライにどう対応し、いかに創造的な一打を放つか。
その思考のプロセスこそが、ゴルフの醍醐味ではないかと。
このフェアウェイは、思考停止に陥ったゴルファーを試す、壮大な舞台装置なのです。
第1幕:決断を迫るホールたちとの対話
エーデルワイス6番:200ヤードのバンカーは絶望か、それとも道標か?
さて、エーデルワイスの6番ホール、ティーグラウンドに立ってみましょう。
左手には、まるで白い大河のように、グリーンまで延々と続く長大なバンカーが横たわっています。
風の音が、やけに静かに聞こえる瞬間です。
多くのゴルファーは、この景色に絶望や恐怖を感じるかもしれません。
「絶対に左には行けない」と。
しかし、ここで一度、深呼吸をしてコースを観察してみてください。
なぜ、設計家はこれほど巨大なハザードを置いたのでしょうか。
それは、ゴルファーをただ罰するためではありません。
このバンカーは、我々に決断を迫るための、壮大な道標なのです。
- バンカーを完全に避け、安全に右サイドから刻むか。
- 飛距離に自信を持ち、バンカー越えのリスクを冒して最短ルートを狙うか。
どちらのルートを選ぶも、ゴルファーの自由。
しかし、その選択には、ゴルファー自身の技術、勇気、そしてその日の心の状態が映し出されます。
まるで人生の岐路のように、このホールは我々に静かに問いかけてくるのです。
オーキッド17番:池に浮かぶグリーンが問いかける「本当の勇気」
美しいホールは、時にゴルファーの心を惑わせます。
オーキッドの17番、池に浮かぶように見えるグリーンは、その典型かもしれません。
澄んだ水面に映る空と緑、ピンをかすめる風の囁き。
私はフィルムカメラのファインダーを覗き込み、プレーそっちのけでその造形美に心を奪われてしまうことがよくあります。
このホールの美しさは、巧妙な罠でもあります。
距離はそれほど長くありません。
技術的には、決して難しいショットではないはずなのです。
しかし、目の前に広がる池が、ゴルファーの心にさざ波を立てる。
「池に入れてはいけない」という意識が、身体を強張らせ、普段通りのスイングをさせてくれない。
このホールが問いかけているのは、ショットの技術以上に、「自分を信じきれるか」という内面的な勇気なのです。
結果がどうであれ、覚悟を決めて振り抜いた一打の記憶は、きっとスコア以上に価値のあるものになるでしょう。
第2幕:ゴルファーの心を映す鏡、ポテトチップスグリーン
設計家からの最終試験:なぜグリーンはこれほど複雑なのか
このコースを旅するゴルファーが、最後に直面する最大の問い。
それが、アンジュレーションのきつい、通称「ポテトチップスグリーン」です。
建築家としてこのグリーンを見ると、その複雑な三次元曲面の設計に感嘆せざるを得ません。
これは単に気まぐれで造られたものではない。
ボールがどこに落ち、そこからどのように転がり、ゴルファーの心がいかに揺れ動くかまで、すべてが計算され尽くした設計なのです。
平らに見えるラインが、実は大きく曲がったり。
強く打ったつもりが、急な上り傾斜に勢いを殺されたり。
このグリーンは、まるでゴルファーの心を映す鏡のようです。
焦り、不安、過信といった心の揺らぎが、面白いほどパットの結果に現れてしまいます。
これは、設計家から我々への最終試験。
技術だけでなく、冷静な観察眼と、謙虚な心を持ち合わせているかを試されているのです。
スコアを溶かすグリーンで得る、スコア以上の価値
正直に告白しましょう。
私もこのグリーンで、数えきれないほどの3パットや4パットを経験してきました。
カップの周りをボールが行ったり来たりする様は、滑稽でさえあります。
スコアだけを見れば、それは「失敗」の連続かもしれません。
しかし、私はこのグリーンと向き合う時間が、実はとても好きです。
なぜなら、ここでは完璧な結果など望むべくもないからです。
思い通りにならない現実を受け入れ、次のパットに集中する。
その繰り返しの中で、私たちはゴルフを通じて人生の縮図を学んでいるのかもしれません。
このグリーンで失ったスコアは、きっとそれ以上の価値ある何かを、私たちに教えてくれるはずです。
幕間:私がアリソンバンカーに吸い寄せられる理由
アリソンバンカーの造形美と、設計家からの誘惑
コースのあちこちに配された、深く、アゴのせり出したバンカー。
日本では名設計家にちなんで「アリソンバンカー」と呼ばれますが、私にとってこれは特別な存在です。
そして告白すると、私はこのアリソンバンカーに吸い込まれるように打ち込んでしまう、悪い癖があります。
建築家の性(さが)なのでしょうか。
深くえぐられた砂の白と、それを縁取る芝の緑が織りなすコントラスト。
太陽の光が生み出す、アゴの深い影。
その計算され尽くした造形美は、もはや芸術の域です。
それは、設計家からの甘美な誘惑。
「越えてみろ」と挑戦的に迫るその姿に、私は魅了され、つい無謀な挑戦をしてしまうのです。
日本一ゴルフがうまくならないゴルフライターを自称する所以は、きっとこの辺りにあるのでしょう。
バンカーショットは、設計家との最も密な対話である
多くの人にとって、バンカーショットは単なるペナルティやリカバリーかもしれません。
しかし私にとって、バンカーの中にいる時間は、設計家と最も密に対話できる貴重な瞬間なのです。
足元に感じる砂の硬さや柔らかさ。
目の前に壁のようにそびえるアゴの高さ。
そこから見える、ほんのわずかなグリーンの景色。
五感をフルに使い、設計家がここにバンカーを造った意図を読み解く。
「ここからは、高く上げるしかないな」「いや、あえて横に出すのが賢明か」。
その思考のプロセスこそ、スコアを追いかけるだけでは決して味わえない、ゴルフの奥深い楽しみなのです。
よくある質問(FAQ)
Q: オリムピックナショナルEASTコースの難易度はどのくらいですか?
A: スコアで言えば、間違いなく上級者向けのコースです。
しかし、私の物差しは少し違います。
このコースの本当の難しさは、技術よりも「思考力」と「決断力」を問われる点にあります。
設計家との対話を楽しめる方にとっては、スコア以上の満足感を得られる、最高の舞台となるでしょう。
Q: 初心者には難しいでしょうか?
A: 正直に申し上げて、スコアをまとめるのは容易ではありません。
しかし、「ゴルフの楽しさはスコアだけではない」ということを学ぶには、これ以上ない教科書です。
美しい景観と設計の妙に触れるだけでも、訪れる価値は十分にあります。
スコアを気にせず、コースという建築物を散策するつもりで楽しんでみてはいかがでしょう。
Q: 設計家ダイ・デザイン社の思想とは何ですか?
A: 彼らはコースを単なる競技場ではなく、芸術作品や物語の舞台として捉える設計家です。
特に自然の地形を活かした戦略性の高い設計で知られます。
常にゴルファーに「どうプレーするか」を問いかける、知的な挑戦状を叩きつけてくるのが特徴です。
Q: コースを「対話」するようにプレーするコツは何ですか?
A: まずは、目の前のハザードを「障害物」ではなく「設計家からの問い」と捉えてみてください。
「なぜ、ここにバンカーがあるのだろう?」
「この木の裏には何が隠されているのだろう?」と。
そうやってコースを観察すれば、設計家が用意した安全なルートや、挑戦者を誘う罠が見えてくるはずです。
あなたのスコアカードが、その対話の記録になります。
Q: 青山さんにとって「良いコース」の定義とは何ですか?
A: 私にとって良いコースとは、「必ずゴルファーに問いかけてくる」コースです。
そして、その問いかけが何度訪れても尽きることがない。
プレーヤーの腕前やその日のコンディションによって、全く違う表情を見せ、新たな発見を与えてくれる。
そんな、何度でも対話したくなる深みを持つコースこそが、真に良いコースだと信じています。
まとめ
オリムピックナショナルEASTコースとの対話を終え、クラブハウスに戻る頃には、あなたのスコアカードの数字など些細なことに思えるかもしれません。
この壮大なコースでの一日を振り返りながら、クラブハウスで過ごす時間もまた格別です。
実際に訪れた方々のオリンピックナショナルのレストランに関する口コミは、その楽しみを一層深めてくれるかもしれません。
それ以上に、各ホールで設計家から投げかけられた問いに、どう答え、何を感じたかという記憶が、鮮やかに胸に刻まれているはずです。
このコースが我々に教えてくれるゴルフの本質を、簡潔にまとめてみましょう。
- 自然との対話: フェアウェイのうねりは、自然の中でプレーするゴルフの原点を教えてくれる。
- 設計家との知恵比べ: ハザードは障害物ではなく、決断を迫る「問い」である。
- 自分自身との向き合い: 複雑なグリーンは、ゴルファーの心を映す鏡となる。
ゴルフとは、自然と対話し、設計家と知恵比べをし、そして何より自分自身の内面と向き合う旅なのです。
スコアはいつか忘れてしまうただの数字。
しかし、このコースで交わした対話という名の記憶こそが、あなたのゴルフ人生を豊かにする、真のトロフィーとなるでしょう。
あなたも設計家との対話の旅に出てみませんか?
オリムピックナショナルEASTコースは、きっとあなたのゴルフ観を根底から変える体験を約束してくれます。
最終更新日 2025年9月11日 by ipppww