はじめまして、佐伯真澄です。
新潟県長岡市で生まれ育ち、東京の百貨店で10年ほど、酒売り場のギフト担当をしていました。
いまは唎酒師の資格を活かして、日本酒と贈り物にまつわる文章を書いています。
売り場に立っていたころ、何度も耳にした言葉があります。
「新潟のお酒って辛口でしょう。父は甘いのが好きだから、ほかの県のにします」というものです。
そのたびに、少しだけ引っかかっていました。
長岡の実家で親戚が集まるたびに飲んできた酒は、全部が全部「辛い」わけではなかったからです。
この記事では、国税庁や新潟県が公表している資料を読みながら、「新潟=淡麗辛口」というイメージがどこまで正しいのかを確かめていきます。
先に結論を書いておくと、「淡麗」のほうは国のデータでもはっきり裏付けられます。
一方の「辛口」は、半分くらい当たっている、というのが私の見立てです。
目次
「淡麗辛口」と呼ばれるようになったのは昭和50年代から
それ以前の新潟は「甘口」の産地だった
新潟県が運営するサイト「新潟文化物語」に、意外な一文があります。
新潟清酒が淡麗辛口として広く知られるようになったのは昭和50年代のことで、それ以前の新潟の酒には「甘口でどちらかといえば品質の低い酒」という評価が定着していた、というのです。
同じページによると、農業など体を酷使する仕事が中心だった時代は、疲れを癒す甘い酒が好まれていました。
当時の新潟の酒も甘口の傾向で、そのニーズに合っていたそうです。
やがてデスクワークが増え、こってりした洋風の料理が食卓に並ぶようになると、あっさりとしてキレのよい酒が求められるようになります。
新潟の淡麗辛口は、その変化を先取りした取り組みから生まれた、と説明されています。
つまり「新潟=淡麗辛口」は、何百年も続いてきた伝統というより、ここ50年ほどで定着したイメージです。
亡くなった祖父が晩酌のたびに「昔の酒はもっと甘かった」とこぼしていたのを、この資料を読んで思い出しました。
久保田が広めた淡麗辛口と、県ぐるみの土台
長岡の人間として外せないのが、朝日酒造の「久保田」です。
朝日酒造は公式サイトで、1985年に久保田を発売し、時代が求める味覚を捉えた「淡麗辛口」を代表する酒の一つになった、と振り返っています。
酒造りの土台も、県ぐるみで整えられてきました。
新潟県は1930年に県醸造試験場を設立し、1957年には県の農業試験場と醸造試験場の連携で酒米の五百万石が生まれています。
1984年には新潟県酒造組合が新潟清酒学校をつくり、働きながら学ぶ若い造り手を育ててきました。
五百万石は、すっきりとした切れのよい味になりやすい米だとされています。
米と人と研究機関がそろって、いまの新潟の酒の方向性ができあがったわけです。
国のデータでは「淡麗」は全国1位、「辛口」は真ん中あたり
全国市販酒類調査の数字を見てみる
イメージの話はここまでにして、数字を見てみます。
国税庁は、市販されているお酒の成分を調べた「全国市販酒類調査」の結果を公表しています。
令和8年1月に公表された全国市販酒類調査結果(令和6年度調査分)には、日本酒度と酸度から計算した「甘辛度」と「濃淡度」の、都道府県別の平均値が載っています。
甘辛度は数値が高いほど甘口、低いほど辛口です。
濃淡度は数値が高いほど濃醇、低いほど淡麗を表します。
令和3〜6年度の4年間の平均から、いくつかの府県を抜き出してみました。
| 府県 | 甘辛度(低いほど辛口) | 濃淡度(低いほど淡麗) |
|---|---|---|
| 新潟県 | −0.14 | −1.37 |
| 富山県 | −0.68 | −0.93 |
| 高知県 | −0.54 | −0.94 |
| 京都府 | −0.09 | −0.65 |
| 兵庫県 | 0.17 | −0.94 |
| 全国 | −0.10 | −0.97 |
新潟の濃淡度−1.37は、数値が公表されている44都道府県の中でいちばん低い値です。
「淡麗」については、国のデータがそのまま裏付けています。
ところが甘辛度を見ると、新潟は−0.14で、全国の−0.10とほとんど変わりません。
新潟より辛口寄りの都府県は19あり、いちばん辛口なのは富山県です。
この調査で「辛口」に区分されるのは−0.2未満なので、新潟の平均はその手前にとどまっています。
ただし、この数字は「一般酒」、つまり吟醸酒や純米酒などの特定名称酒以外の市販酒が対象です。
新潟の酒全体の味を言い切れる数字ではありません。
それでも、「新潟は辛口の産地」というイメージとずれがあることは読み取れます。
GI「新潟」の基準に「辛口」という言葉はない
もう一つ見てほしい資料があります。
新潟は2022年2月、清酒の地理的表示(GI)「新潟」に指定されました。
国税庁が公開している地理的表示「新潟」の生産基準には、新潟の清酒の特性がこう書かれています。
新潟の清酒は、総じて淡麗な酒質を有している。
続く文章には「米から生まれた淡い甘味が他の上品なうま味と混じり合い」とあります。
「淡麗」という言葉は何度も出てくるのに、「辛口」という言葉は一度も出てきません。
国が認めた新潟の酒の特性は、あくまで「淡麗」なのです。
日本酒度だけでは甘辛は決まらない
売り場でよく見かけたのが、ラベルの日本酒度だけを見て「プラスだから辛口ね」と決めるお客さまでした。
日本酒度は、プラスの数値が大きいほど糖分が少なく、マイナスが大きいほど糖分が多いことを示す数字です。
独立行政法人酒類総合研究所の冊子お酒のはなし【特集:清酒】も、甘口ならマイナス、辛口ならプラスの大きいものを選ぶよう案内しています。
ただし続けて、「清酒に含まれる酸味によっても甘辛の感じ方は変わってきますので、一応の目安と考えてください」と添えています。
売り場にいた実感として、すっと喉を通る軽い酒は「辛口」と受け取られやすいように思います。
さらりとした飲み口と、甘みが少ないことは、本来は別の話です。
淡麗な酒を「辛口」とひとまとめにしてしまうと、このあたりの違いが見えなくなります。
同じ新潟でも、地域によって味の傾向は違う
上越・中越・下越・佐渡の違い
新潟県は南北に長く、地域によって気候も食文化も違います。
新潟県の情報サイト「新潟のつかいかた」では、新潟清酒ガイドブック『THE NIIGATA SAKE BOOK』(2018年3月末時点の情報)をもとに、エリア別の酒質傾向を紹介しています。
| エリア | 主な酒質傾向 |
|---|---|
| 下越 | すっきりとした辛口タイプ |
| 中越 | 軽〜旨口・多彩な味わい |
| 上越 | 後味きれいな甘口タイプ |
| 佐渡 | 旨みのある辛口タイプ |
上越が「甘口タイプ」とされていることに驚く方は多いと思います。
私の地元、長岡を含む中越は「多彩」とされています。
長岡市の公式サイトによると、市内には16の日本酒の蔵元があり、県内の市町村で最多です。
蔵の数が多ければ、それだけ味の幅も広がります。
実家の近所の酒屋に、辛口の隣に甘口やにごり酒が並んでいたのは、当たり前の風景でした。
地域ごとの違いは、価格帯の高い酒を見比べるとよりはっきりします。
大西健さんが書いているハイエンドな新潟の地酒を銘柄ごとに解説したブログ記事では、長岡の久保田、南魚沼の八海山、佐渡の北雪と真野鶴、新発田の菊水など、県内各地の7銘柄が取り上げられています。
上の表と照らし合わせながら読むと、同じ新潟でも蔵の場所によって造りの考え方が違うことが見えてきます。
蔵元の公式サイトで見つかる「辛口ではない」新潟の酒
甘口や濃い味の新潟酒は、蔵元の公式サイトでいくつも確認できます。
- 八海醸造の「八海山 貴醸酒」は日本酒度−36.0、酸度2.5で、水の代わりに日本酒で仕込んだ上品な甘さの酒です
- 朝日酒造の「久保田 純米吟醸にごり」は日本酒度−35で、2月だけの限定品です
- 今代司酒造の「甘口 純米吟醸 今代司 花柳界」は、アルコール分11度の甘口です
- 菊水酒造の「菊水ふなぐち」は19度の本醸造生原酒で、缶の中で熟成が進むと老酒のような味わいに変わっていくと説明されています
- 長岡のお福酒造は、「心地よい上品な甘みを残す酒質」を創業当時から変わらない味わいとして掲げています
淡麗辛口の代表格として名前が挙がる久保田と八海山が、日本酒度がマイナス30を超える甘い酒も造っているわけです。
新潟の蔵が辛口しか造らない、ということはありません。
「きれいすぎて味がしない」と言われることについて
淡麗な酒には「水みたいで物足りない」という声もあります。
先ほどの「新潟文化物語」でも、県醸造試験場の場長が「新潟の酒はきれいすぎて味がしないなどと言われることがあります」と話していました。
そのうえで、造り手からすると丁寧に造った酒はこうなるのだ、と答えています。
私も、淡麗な酒と味の薄い酒は別物だと思っています。
雑味が少ないぶん、米の甘みや旨みの輪郭がかえってはっきりわかる酒が多いからです。
GIの基準にある「淡い甘味」という表現は、そのあたりをうまく言い当てています。
高価格帯の新潟酒ほど「淡麗辛口」の一言では語れない
ギフトの予算が上がるほど、この傾向ははっきりします。
1万円を超えるような新潟の酒は、香りや熟成の深みで選ばれるものが多く、「すっきり辛口です」と紹介するとかえって魅力が伝わりません。
たとえば、朝日酒造の「久保田 萬寿 自社酵母仕込」は、公式サイトで「重層的でエレガントな香りと、深くまろやかな味わい」と説明されています。
八海醸造の「純米大吟醸 八海山 金剛心」は、マイナス3度で2年間貯蔵してから出荷されます。
佐渡の尾畑酒造の「真野鶴 万穂」は日本酒度が−1〜+1で、蔵元はワイングラスで飲むことを勧めています。
どれも、辛口かどうかより、香りの立ち方や熟成の具合、飲むときの温度で個性を打ち出している酒です。
こうした酒を贈るときは、「すっきりした辛口です」ではなく「香りと余韻を楽しむお酒です」と一言添えるほうが、相手に伝わりやすいと思います。
売り場でも、萬寿や金剛心のような酒を選ぶお客さまに「辛口ですか」と聞かれることがよくありました。
そのたびに、辛さよりも香りと口当たりのやわらかさを説明するようにしていました。
贈り物で新潟の酒を選ぶとき、私が確認していること
売り場で「新潟の酒を贈りたいけれど、相手の好みがわからない」と相談されたとき、私はまず次のことを伺っていました。
- 相手がふだん飲んでいる銘柄(わからなければ県名だけでも)
- 冷やして飲むのが好きか、燗も飲むか
- 食事と一緒に飲むのか、お酒だけをゆっくり楽しむのか
- 甘いお菓子や果物が好きかどうか
最後の質問は、意外に役に立ちます。
甘いものが好きな方には、上越の甘口タイプや、日本酒度がマイナスの酒を選ぶと外れにくくなります。
逆に、ふだんからビールや焼酎が中心の方には、下越のすっきりした辛口が喜ばれることが多かったです。
好みがどうしても絞りきれないときは、蔵元や酒販店に聞くのがいちばん確実です。
問い合わせのときは、こんなふうに伝えると話が早く進みます。
70代の父への贈り物を探しています。ふだんは甘めの日本酒を冷やで飲んでいます。予算は1万円前後で、甘みや旨みを感じられる新潟のお酒はありますか。
「新潟だから辛口」と決めつけず、相手の好みから逆算して選ぶ。
そうすれば、新潟は選択肢がとても広い産地です。
まとめ
新潟の酒と「淡麗辛口」の関係を、資料をもとに振り返ります。
- 「新潟=淡麗辛口」が広く知られるようになったのは昭和50年代で、それ以前は甘口の産地と見られていた
- 国税庁の調査では、新潟の一般酒は濃淡度で全国いちばんの淡麗だが、甘辛度は全国平均並み
- GI「新潟」の生産基準が掲げる特性は「淡麗」で、「辛口」とは書かれていない
- 県内でも上越は甘口、中越は多彩と、地域ごとに傾向が違う
- 甘口、にごり、生原酒、熟成酒など、辛口以外の新潟酒も公式に数多く造られている
「新潟は辛口だから」という理由で候補から外してしまうのは、正直なところもったいないと感じています。
淡麗という土台の上に、甘口も旨口も、熟成したものもある。
それが、長岡で育った私の知っている新潟の酒です。
甘党のお父さまへの贈り物にも、新潟の酒はきっと応えてくれます。
次に酒売り場へ行ったら、ラベルの「新潟」を見てすぐに棚を離れず、蔵の場所と味わいの説明を少しだけ読んでみてください。
最終更新日 2026年9月28日 by ipppww

